年の初めに氣塾との出会いから現在を振り返る

日記

新年明けましておめでとうございます。

本年も、関西氣塾・廣瀬教室をどうぞよろしくお願いいたします。

今日は、新年を迎えて思いを新たにする意味も込めて、私が氣塾と出会った頃から現在に至るまでの話を書いていきます。

氣塾及び師匠との出会い

私は子供の頃から、氣や見えない世界に心惹かれておりました。

特に何か見えるとか、解るといった事が理由ではありません。どちらかといえば解らない方でした。

それでもテレビや図鑑等でそのような物を見たりしていましたし、大人になった時にはヨガを習ったりもしました。

 

氣塾(古式マスターヨーガ)に出会ったのは、2012年の事です。

きっかけは、知人に突然、「本物のヨーガがあるから一緒にいかへん?」と誘われた事です。

今思えば、その時通っていたヨガ教室・当時勤めていたお寿司屋さん・氣塾の創設者である木村師匠のご親戚の人間関係が巡って得たご縁でした。

そして、そのお誘いから数日後、私を含め3人で師匠の元へ向かいました。ですが、当初私は、2人を送るだけのつもりでした。

ところが、師匠から

「どうせその子も来る事になるから、一緒に連れておいで」と言われたようでした。

それを聞いた私は、

何か見透かされてるような気がして怖かったのですが、なぜかついて行ってしまいました。

そして、師匠との出会いです。

本物の氣とは、こう言う物だと体感させる施術が始まりました。

施術を受ける側は、右の手の平を上に向けて、前に差し出す様にして待機します。

その手の平に向けて師匠が、左手の人差し指と中指を伸ばし、その2本の指先から氣を出します。そしてその指先からでる氣の呼び名は「ビバ」。

「『ビバ』って!」と思いましたが、体感した人には納得のいく呼び名だという感じです。

現在の氣塾ではこのビバの事を「練氣波」として説明しています。これはマスターヨーガでは無くてはならない技法の一つです。このビバを使う事によって、人のチャクラの加工や他の施術を可能にしています。人間が、氣を使った高圧洗浄機になると思って下さい。
気脈の詰まり取りもこのビバで行っています。

手の平に「ビバ」を浴びていると、なにやら手の平の色が変わり始めます。

色が変わると言うより、まだら模様になってくるではありませんか!

「うわっ!」「なんじゃこりゃ!」と心の中で思っていると、

「ビバを浴びたらこんな風になるねん」

と、師匠が説明してくれました。

その直後になんとなくビリビリっと手の平に感じる違和感。その調子で、手の平の上全体をなでるように動かしながら、僕の感覚を確かめるようにお話をしてくれました。

一通り施術が終わってから、今度は違う事をしてもらいました。

6番チャクラに氣を流し込まれ

「車好きやろ」「車のパーツの本のページみたいなんが何枚も出てくるで」と言われたのを覚えています。その頃レーシングカートをやっていたので、そのパーツをだったのかもしれません。

そして最後に、

「今日やって見せたことは、魔法でもなんでもなくて、これを続けて行けば誰にでも使える様になります。」「続けるんやったら、責任持って育てるから、後はやるかやらへんかは自分で決め。」と。

ここから僕は、この道に入る事を決め、
師匠の事を「兄さん」と慕うようになり今に至ります。

教室を持つまで

氣塾に出会い、このままではいけないと言う思いが僕の心を動かしました。
これまで歩んできた道の延長線上を進むのではなく、全く新しい可能性を信じ、違う道を選んだ瞬間です。

この日を境に、路線変更第一章がスタートします。

そうして、自分の進む道を信じて、行に没頭し、「自分の教室を持つんだ!」と言う目標を掲げ、こつこつと行の道を進んできました。

ですが最初は、副業としてやっていくという気持ちもありました。

そして、行を進めて行くうちに気持ちがだんだんと変わって行きます。

ある程度行が進んで行くと、これまで見えなかったものを見れるようになりたい、もっと敏感になりたい、もっと分厚い氣をまといたい、早く陽の氣をまといたい。などの気持ちがどんどん強くなってきました。

そして、最後には、これを本業の仕事としてやって行きたいと思うようになります。

週に2回レッスンに通っていた時期もあり、早くに施術の技術を身に付け、行えるようになりました。

そして、施術のレベルアップに気持ちを注ぐ用になってきます。

自分自身の感覚をもっと磨き上げる事。今の勘を勘覚に、そしてかぎりなく感覚に近づける。

それから、煉氣波(ビバ)のパワー、精度を磨き上げる。より短い時間で相手に体感させ、より多くの情報を受け取り読み取る、等。

そして、2014年に自分の教室「神戸氣塾・廣瀬教室」を開くことができました。

しかし、教室でレッスンができたのは、当時本職だった寿司屋が休みの水曜日のみでした。教室は開けたものの、教室としての活動が思い通りにできませんでした。

そこで、このままではダメだと、教室運営がしっかりできるようにしなければという思いが僕を突き動かすことになります。

そして、昨年2015年の3月で、実家でもある寿司屋を退職し、思い通りの時間に教室を開ける道を切り拓く事ができました。

神戸氣塾から関西氣塾へ

一昨年の2017年に、生徒さんが急に入れ替わりました。

私は兵庫県神戸市に住んでいる事もあり、教室も神戸で開いておりました。ですが、生徒さんの大半が大阪の人になりました。

氣塾は、気力がなく悩んでいる人を元気にするための教室でもあります。なので通い始めの頃は、外に出ていくだけでも精一杯な人も多くおられます。

なので、レッスンに通う利便性を考えて、大阪教室を立ち上げました。

最初、大阪教室はレンタルスペースでの始動でした。

そのうち、大阪の生徒さんが多く通われるようになったので、大阪なんばに教室を借り、拠点を完全にこちらへ移しました。

そして屋号も「関西氣塾・廣瀬教室」と改めました。

まとめ

氣塾を広める、自分の教室をもっと軌道に乗せる、

そして、気力が強くなる事で得られる効果をもっともっと多くの人に体感していただきたく、活動の場を広げていきました。

おかげさまで良いご縁を多くいただき、多くの方に「ビバ」を体感していく機会も増えてきました。

 

今年も良い「氣」を広めていくために、精進を続けてまいります。

皆様にとりまして、本年が充実し幸多き一年でありますよう心からお祈り致します。

 

2019年 元日

関西氣塾・廣瀬教室

廣瀬 英樹

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