エリクソンのライフサイクル論(発達段階)で見る自我の統合

心の話
元氣楽塾の廣瀬 英樹です。

家庭環境は、自我に大きく影響します。

カウンセリングをしていると、どこまで自我が統合されたのかが見え、家庭環境が推測される事があります。

そして、自我の統合が上手くされずに苦労している人が多いのも事実です。

自分を分析し、苦しみの原因が分かっただけでも楽になる事があります。今回の記事では、エリクソンのライフサイクル論の子供の時期に注目していきます。

エリクソンのライフサイクル論とは

アメリカ合衆国の発達心理学者エリクソン,E.H.により提唱された発達段階論です。

人の発達は、出生から死まで生涯にわたるものであり、社会との関係性によって進むという考えを元にしています。

人生を8つの時期に分けて論ずる「発達図式」

時期 年齢 心理的課題 得るもの
乳児期 出生~2歳 基本的信頼vs不信 希望
幼児期前期 2~4歳 自律性vs恥と疑惑 意思
幼児期後期 4~6歳 自主性vs罪悪感 目的
学童期 6~12歳 勤勉性vs劣等感 有能感
青年期 12~22歳 同一性vs同一性拡散 忠誠性
成人期 22~40歳 親密性vs孤立
壮年期 40~64歳 世代性vs停滞性 世話
老年期 65歳以降 自己統合vs絶望 英知

今回の記事では、乳児期~学童期に注目します。

エリクソンのライフサイクル論と自我の統合

学童期までの発達段階では、どの時期まで親(保護者)に認められたか、愛されたが重要です。そして発達段階は認められた時期で止まります。

これはあくまでも私の経験則です。ですが、あながち外れていないと感じています。

その後自力で努力されたり、周囲に支えられて発達段階が進んでも、自我の統合は止まった時のままです。

人間の心は、原我・自我・超自我の3つに分かれます。

  • 原我(イド/エス):本能や欲求等、人間の自由氣ままにしたい部分
  • 自我(エゴ):原我と超自我を調整する部分。自己である強い認識
  • 超自我;:道徳的で正しい理想を追い求める部分

そして発達段階が幼い頃で止まる程に、自我の部分が少なく、原我と超自我にはっきりわかれます。白黒をはっきりしたいとか、0%か100%の極論に走りがちです。

これは意識して考え方を変えて行かないと、生きづらくなります。

乳児期(出生~2歳):基本的信頼vs不信

基本的信頼は、自分のありのままを受け入れてもらうことができるという「他人への信頼感」と、自分は大切にされる価値のある存在だという「自分への信頼感」のことです。

乳児期には、無条件の陽性ストロークと言われる、無条件に「あなたが大切」ととか「あなたがいて幸せ」といった存在そのものの肯定感が必要です。

それが根本的な自信に繋がります。

この時期で発達段階が止まる場合

親が成熟していなかったり、望まれなかった子どもなどの要因で、生まれた時から本当の意味で愛されなかった時にこうなります。

これは、あくまでも子ども本人の(無意識での)認識によるものです。

なので、(めったにない例ですが)親が本当に愛していても、子どもの側が愛されたと感じなければここで止まります。これは相性の問題としか言いようがありません。

ここで止まった場合は、思考が極端になりがちです。人のあやふやな考えが許せず、汚いものを受け付けません。逆に黒い思考も抱えてしまい、その2つを統合出来ずに苦しむ事になります。

幼児期前期(2~4歳):自律性vs恥と疑惑

「自分でやる」と主張して実際に行動するようになります。保護者の注意に耳を貸さなくなったり、口答えしはじめます。

イヤイヤ期は、このあたりです。トイレトレーニングもこの時期です。

この時期で発達段階が止まる場合

それまで素直に甘えていた子どもが急に言うことを聞かなくなった事で、親が子どもに対し「憎たらしい」等の思いを持つ事があります。

長子だった場合は、ここで弟や妹が生まれる場合もよくあります。親は本氣で両方の子を愛していても、子どもからすれば見捨てられたと思う事もあります。

ここで止まった場合は、やはり思考は極端になりがちです。ですが乳児期ほどではありません。乳児期は綺麗なものしか受け付けない傾向がありますが、この時期は綺麗なものを汚す事で自分の存在を確認する傾向があります。

幼児期後期(4~6歳):自主性vs罪悪感

自分で考えて行動するようになり、周囲に対しても積極的に関係を持とうとします。ごっこ遊び等、大人の真似事をして遊ぶことができます。

親の関係なしで、子ども同士でルールを作り自主的に遊びはじめるのもこの時期です。

この時期で発達段階が止まる場合

親が子どもの自主性を認められず、叱りすぎてしまう事があります。逆に、もう何でも出来るからと放置してしまう事もあります。

この時期になれば、罪悪感で子どもをコントロール出来るようになります。なので、捨てるとか嫌いだといった感じで子どもを思い通りに動かそうとする親も出てきます。

ここで止まった場合は、罪悪感により関係性を築こうとしますし、築けると信じてしまいます。

強ければ人は服従し、親切にすれば人は感謝するものだという世界観で生きています。なのでその予想を裏切られる行動をされると、罪悪感に訴えます。

学童期(6~12歳):勤勉性vs劣等感

家庭から学校へ生活基盤が移り、家族以外と過ごす時間が大幅に増える時期です。それでも親に対する氣持ちは強く持っている時期でもあります。

学校の成績やクラスメイトの評価等で、自分を客観視出来るようにもなってきます。ですが自分は特別な存在で、人と自分は同じ人間という思考までには至りません。

この時期で発達段階が止まる場合

この時期で発達段階が止まる場合は、意外と多いものです。

第二次成長を親が受け入れない場合があります。子どもが大人と同じように話せる事から、大人の役割を押し付けられる事もあります。

ここで止まった場合は、激しい劣等感を持ちます。そのまま出るよりも、劣等感をこじらせてしまい、選民意識的思考に囚われた形を取る事が多いように感じます。

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まとめ

自身が何か偏った思考に囚われていたり、周囲との関係が上手くいかない場合は、幼少期の家庭環境が原因な事がよくあります。

この記事が、何かの氣付きのきっかけになる事を願っています。

自我が統合できず、白黒で考えてしまうのは苦しいことですが、それが拘りだったり、真実を見抜く能力にもなります。意識的に二極の考えをしない癖をつけつつ、拘る能力を活かしてください。

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