「自分の為に生きる」か「人の為に生きるか」を決める方法

元氣楽塾の廣瀬 英樹です。

自分の為に生きるのか、人の為に生きるのか、どちらも一長一短のようでもありますし、どちらかに決めなくてもいいような氣もします。

ですが、人生を楽に生きる為にも、決めないまでも、向いているのはどちらかを知った方が良いと考えています。

今回の記事では、あなたにとってどちらの生き方が良いかについて書いていきます。

「自分の為に生きる」か「人の為に生きるか」についての考え方

「自分の為に生きる」か「人の為に生きるか」の違い

人は、完全に自分の為に生きる事も、100%人の為に生きる事も、まず出来ません。ですが、行動のきっかけや目的として、どちらかに軸を置く場合は多いものです。

徳を循環させれば、自分にとっても人にとっても良い状態になったり物事が上手く進んでいきます。

その時に、

  • 自分が良い状況になる為に、周りの全てを良くしたのか
  • 周りの全てを良くした結果、自分も良い状況になったのか

という2通りのパターンがあります。

同じ様な結果でも、本人の行動原理が違うわけです。

「自分の為に生きる」か「人の為に生きる」かを決める方法

自分自身の「氣の質」が、どちらに向いているかで決めます。

どちらが本氣になれるのか、どちらが本領を発揮出来るかを見ればわかります。

行動型(送信型・逆エンパス)、感覚型(受信型・エンパス)という氣の質が、人の為自分の為を決めるものではありません

「自分の為に生きる」氣質の人の場合、自分が極めたいものや手に入れたいものが目の前に現れると、本氣になります。本氣が発動する条件が、自分の得たいもの(物質に限りません)が目の前に現れる事です。

「人の為に生きる」氣質の人の場合、役に立ちたい人が現れると、本氣になります。本氣の発動条件が、人の為になりたいという氣持ちだからです。

何故「自分の為に生きる」か「人の為に生きる」かを決めるのか?

自分の進む方向性を見失わない為です。

「自分の為に生きる」氣質と、「人の為に生きる」氣質は、考えが相いれないものです。

なので

自分の為に生きる質の人は、人の為に生きる人に対し
「自分を持っていない」「偽善者」「自立心がない」という評価をする場合があります。

その一方、

人の為に生きる質の人は、自分の為に生きる人に対し
「助け合いの氣持ちがない」「自分勝手」「人の心がない」という判断をする場合があります。

それをそのまま受け取り、自分の為に生きるのは悪い事なのでは?とか、人の為に生きていてはいけないんだ、といったように、自分の生き方に迷いが出てしまう事もあり得ます。

「自分の為に生きる」のも「人の為に生きる」のも、どちらが良いとか悪いという話ではありません。

どちらの生き方がより自分らしく、楽に、より能力が発揮出来るかというだけの事です。

なので、どちらが向いているかを知り、自分の軸を置いてください。

自分の為に生きる

自分の為に生きるとは?

人の80%がこの氣質と思われます。

自分のやりたい事、叶えたい事、目標に向かって黙々と進んでいきます。

「自分の為に生きる」というと、自分勝手だったり自己中心的なイメージがあるかもしれません。ですがどちらかと言えば、他にはわき目もふらずにただ目的に向かっていくという表現の方が的確です。

他にはわき目もふらずにの、「他には」に、他人も含まれているのでそうなります。

自身と闘いながら、時には孤独も感じながら、自分の極めたいものを目指して自分を磨いていきます。

1人で突き進む為、成長が早いのが利点です。

そして、自分を磨いて得たものを通して、結果的に人の役に立ちます。

自分の為に生きる氣質の人が人の為に生きようとすると

自分の為に行動するのが心地よい訳なので、人の為が目的になれば調子が狂います。自分の質とは違う事をしているわけなので、不満も出てきます。

その解消方法として、感謝や金銭、名声などを強く求めてしまいます。

人の為にした事に対し、思った通りの見返りがなければ不満を感じます。そんな氣持ちで助けても、相手は嫌な氣持ちになるでしょうし、何よりも自分が辛い思いをしてしまいます。

人を助ける自分は選ばれた人間だ、という間違った選民意識をも持ちかねません。

人の為に生きる

人の為に生きるとは?

人の20%がこの氣質と言われています。

自分の為という理由ならばそこそこにしか動かないのに、人の為になりたいと思えば、急に力がみなぎります。その為の取り組みが長時間でも長期間でも氣持ちが不思議と持続し、相手の役に立ちさえすれば見返りも不必要ですし、氣がついてもらえなくてもかまわないくらいです。

なので、人との関わりが好きだから助け合いたいとか、道徳心が強いとか、ただ尽くしたいとか、そういう物とも違います。

人を助けるので、徳が貯まりやすいのが利点です。

そして、人を救う事で、結果的に自分の為にもなります。

人の為に生きる氣質の人が自分の為に生きようとすると

人の為に生きる事が自分の為、という質の人が、いわゆる「自分の為に生きる」事をしても、とにかくやる氣になれません。

熱い思いが湧く事も、本氣になれる事もなく、人生は退屈なんだという漠然とした思いと共に生きて行く事にもなりかねません。

そして、自分のやりたいように生きろ、自分のしたい事を見付けろ、という事を言われても、それを見つける事が出来ません。

それがコンプレックスになり、自分は駄目だと悩んでしまう場合もよくあります。

まとめ

「人の為を思って行動しなさい」もしくは「人の事より自分がどうしたいかを考えて」という助言は正しいように思えます。

ですが、相手にとって、毒になるかもしれないという事を知っていただきたいと思います。

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